大判例

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東京高等裁判所 昭和36年(う)1614号 判決

被告人 小林繁

〔抄 録〕

所論にかんがみ、記録を精査し、かつ当審において親しく事実の取調をした結果をも加えてしさいに検討するに、本件起訴状記載の公訴事実のうち第一の(三)の事実(原判示第二の(三)の須坂郵便局の懸垂幕に放火した事実)については、後に挙示する関係証拠に徴すれば、被告人は、附近に人家の密集する郵便局正面に吊してあつた幅一米、長さ五・八米の懸垂幕に放火し、これを焼燬することによつて、不特定又は多数人の生命、身体もしくは財産に対する危険を発生せしめたと認むべき跡が存するのであるから、該放火行為はまさに刑法第一一〇条第一項にいわゆる公共の危険を生ぜしめたる場合に該当するものといわなくてはならないので、被告人の該放火の所為は同条項に該当する罪を構成するものとして被告人の責任を問うべきである。然るに原判決は右放火行為当時は無風状態であつたから、たとえ右懸垂幕を焼燬しても附近の家屋等に延焼するおそれが認められないとし、以て、右のいわゆる公共の危険が発生しなかつたものと判断した上、右放火行為は懸垂幕を損壊したにすぎないものとし、これに対し刑法第二六一条を適用して被告人を処断した。これは明らかに法律の解釈適用を誤つたものといわなくてはならない。次に、公訴事実第一の(一)の事実(原判示第二の(一)の越春子方広告用立看板を焼いた事実)、同第一の(二)の事実(原判示第二の(二)の渡辺三郎方広告用幟を焼いた事実)、同第一の(六)の事実(原判示第二の(四)青木寿三郎方木炭荷札を焼失させた事実)同第二の(一)の事実(原判決が無罪の言渡をした、北信原毛株式会社店舖に放火した事実)同第三の(一)の事実(原判示第二の(五)の塩川文司方のビニール製覆布を焼いた事実)、同第三の(二)の事実(原判決が無罪の言渡をした内山幸治郎方店舖に放火した事実)及び同第三の(三)の事実(原判示第二の(六)の坂田良次方のゴム製広告用のれんに放火した事実)についても、いずれも後に挙示する各関係証拠に徴すれば、被告人が右七件の放火につき、各起状記載のごとく、かかる放火行為をすれば人の現住する住宅をも焼燬するに至るべきことを予見しながら、あえて該放火行為をしたものであることを推知するに足るのであるから、右七件の所為についても、原判決が刑法第一〇八条に該当する事実として有罪の認定をした原判示第一の(一)乃至(四)の各所為と同様の措置をとるべきであつた。にも拘らず、原判決は右七件における放火の媒介物がたまたま全部燃えることなく、自然鎮火したとか、ほんの一部がこげた程度であるとかというがごときことの故をもつて、人家に延焼するに至ることがとうてい考えられないとする独断を敢てし、それから更に推測して、これらにつき被告人の放火の犯意を否定し、いずれも器物毀棄の事実と認定して、有罪又は無罪(親告罪につき告訴がない場合は公訴棄却の言渡をすべきであつて無罪の言渡をすべきでない)の言渡をしたのである。これ、明らかに事実の誤認に因る違法の措置であつたといわなければならないのである。以上に説述する原判決における各違法は、いずれも、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、検察官のこれらの点に関する控訴の趣意は理由あるものというべきであり、従つて、これらの点において原判決はとうてい破棄を免れない。

そこで検察官の量刑不当の論旨に対する判断を須いす、刑事訴訟法第三九七条第一項に則つて原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書によつて当裁判所は更に左のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、瓦職人であるが、昭和二八年頃からパチンコにこつて、毎晩のように夜ふかしをして、収入のほとんどをパチンコや酒食などに費消するような生活を続けて来たため、その気持が次第にすさんで、自分で自分の気持を持てあまし、満たされない毎日を過ごしていたものであるところ、

第一、昭和三五年一二月一五日夜長野県須坂市大字須坂三三九番地飲食店「むらさき」こと越春子方において飲食し、同日午後一二時頃同店を出たが、同店の女給が一緒に帰るから外に待つていてくれと言いながら、その言に反して出て来なかつたことに立腹し、これに日頃の満たされない気持が加つて翌一六日午前〇時三〇分頃右店舖前に地上から庇や軒燈に接近して立ててあつた縦一・七三米、横〇・五五米の木枠に紙をはりつけた広告用立看板に目をつけ、腹いせと気晴しの念から、これに放火すれば、火は庇などを伝つて右越春子方家族が現在する木造の店舖兼住宅に延焼するに至ることがあるかも知れないと思ながらも、所携のライター(長野地方裁判所昭和三六年押第二二号の一八)を使用して右立看板の紙の部分に点火し、もつて右建物に放火したが、自然に消火したため、右看板の紙の部分縦約二〇糎横約四八糎を焼いたにとどまり、同建物を焼燬するに至らず、

第二、さらに前記飲食店「むらさき」からの帰途、前同日午前〇時二三分頃同市大字須坂三二四番煙草小売商渡辺三郎方店舖前において、同店舖の庇にかかるように立てかけてあつた縦約一・六五米、横約〇・七米の木綿製広告用幟(前同押号の一の旗竿についていたもの)に目をつけ、前記越春子方への放火が未遂に終つたことに対する不満から、これに放火すれば火は庇から右渡辺方家族が現住する木造の店舖兼住宅に延焼するに至ることがあるかも知れないと思いながらも、前示ライターを使用して右幟に点火し、もつて右建物に放火したが、自然に消火したため、右幟の木綿製の部分を焼いたにとどまり、同建物を焼燬するに至らず、

第三、同日午前〇時二五分頃、前記渡辺三郎方から同市大字須坂三一二の二番地須坂郵便局前にさしかかつた際、同郵便局正面外壁につり下げてあつた幅約一米、長さ約五・八米の年賀はがきに関する木綿製広告用懸垂幕に目をつけ、これに放火すれば、火粉の飛散することにより附近一帯における不特定又は多数人の生命、身体、もしくは財産に対し危険発生の虞れなしとしないのにかかわらず、放火して人騒がせをしようと決意した被告人は、前記ライターを使用して右懸垂幕に点火してこれを焼燬し、因つて公共の危険を生ぜしめ、

第四、同日午前〇時三〇分頃、同市大字須坂四一一番地「小松屋」こと小松恒義方店舖前を通つたとき、たまたま同店舖の杉皮葺庇下にこれと約五〇糎の間隔をおいてつり下げてあつた幅約一間長さ約五〇糎の木綿製広告用のれんに目をつけ、これに放火すれば火は庇から右小松方家族が住んでいる木造瓦葺店舖兼住宅に延焼するに至ることがあるかも知れないと思いながらも、前記ライターを使用して右のれんに点火し(前同押号の三及び四はその焼け残り)、もつて右建物に放火したが、通行人に発見消火されたために、右庇裏面の白樺の横木約五糎平方米、及び同庇裏面の角棒縦約一八糎、横約三〇糎の範囲を燻焼したにとどまり、同建物を焼燬するに至らず、(原判示第一の(一)の事実を引用)

第五、さらに同日午前〇時四〇分頃同市大字須坂六九番地飲食店「松美」こと松沢利男店舖前にさしかかるや、前同様右店舖の木造軒下にこれと約四七糎の間隔をおいてつり下げてあつた幅約一米長さ約七五糎の木綿製広告用のれんに目をつけ、これに放火すれば火は上に燃えあがつて木造軒下に燃え移り、松沢方家族が住んでいる木造瓦葺店舖兼住宅に延焼するに至ることがあるかも知れないと思いながらも、前記ライターをもつて右のれんに点火し、もつて右建物に放火したが、通行人に発見消されたために、右のれんの約半分を焼いた(前同押号の五及び六は右のれんの焼け残り)にとどまり、同建物を焼燬するに至らず、(前同第一の(二)の事実を引用)

第六、さらに同日午前〇時五〇分頃同市大字小山五四七番地燃料商青木寿三郎方東側小路において、同店舖東側壁際に紙製荷札(当審証人青木寿三郎の尋問調書未尾に添付されてある検査証票及び荷票と同様のもの)を認め、これに放火すれば、炭俵を伝つて松沢方家族が現住する木造店舖兼住宅に延焼するに至ることがあるかも知れないと思いながらも、前記ライターを使用して右荷札約三〇枚に順次点火し、もつて同建物に放火したが、自然に消火したため、荷札約三一枚(前同押号の七はこの荷札の焼け残つた針金)を焼いたとどまり、同建物を焼燬するに至らず、

第七、同日午前一時頃同市大字小山五四一番地黒岩長五郎方居宅南側小路を通るに際し、同家南側面に接着して、庇下に薪約六五束が積まれ、その西側に雑木枝と松葉を束ねた粗だが約一米半位の高さに積み上げられ、その上に空炭俵、豆がら(前同押号の九及び八が乗せられているのを認め、この粗だに放火すれば、火はその上の炭俵や附近の薪などに燃え移り、さらに右黒岩方家族が住んでいる木造瓦葺居住に延焼するに至ることがあるかも知れないと思いながらも、前記ライターを使用して右粗だの中の松葉に点火し、もつて同建物に放火したが、隣人に発見されたため、右庇裏面及び樽木縦約四〇糎横約五五糎を燻焼したにとどまり、同建物を焼燬するに至らず、「前同第一の(三)の事実を引用)

第八、同年同月一七日午前〇時頃同市大字須坂三二九番地北信原毛株式会社店舖前において、右店舖の庇にかかるようにして立てかけてあつた木綿製広告用縦二・七米横〇・六五米の赤色地の旗及び縦二・〇五米横〇・七〇米の黄色地の旗各一本に目をつけ、これに放火するにおいては、右会社社長小池浩方の家族が現住する木造店舖兼住宅又は隣自転車業酒井一郎方に延焼するに至ることがあるかも知れないと思いながらも、前記ライターを使用して右赤地幟に点火し、もつて右建物に放火したが、通行人に発見消火されたため右幟の大部分を焼いたのにとどまり、同建物を焼燬するに至らず、

第九、同日午前〇時五分頃同市大字須坂四一三番地衣料品販売業「つるや」こと宮沢宮治方店舖前にさしかかつた際、右店舖の庇下にこれと約三〇糎ないし五〇糎の間隔を置き、右店舖と直角につるしてあつた縦約一米横約一・二米の紙のはつてある広告用木製格子戸並びにこれに接着して右庇下からつり下げてあつた防塵用木綿製広告用旗及びシート(前同押号の一一はこのシートを止めていた針金)に目をつけ、右シートに放火すれば、火は右格子戸から庇などに燃え移り、宮沢方家族などが住んでいる木造瓦葺住宅に延焼するに至ることがあるかも知れないと思いながらも、前記ライターを使用して右シートに点火し、もつて右建物に放火したが、通行人に発見消火されたため、右シート及び広告用旗の一部を焼いて格子戸の一部を燻焼したにとどまり、右建物を焼燬するに至らず、(原判示第一の(四)の事実を引用)

第一〇、同年同月二七日午前〇時二〇分頃同市北横町一三三二番地雑貨商塩川文司方店舖前を通つた際、同店舖下につり下げてあつた長さ約一・一米幅約〇・三八米の簿手透明な雨よけ用ビニール製覆布(前同号の一二)に目をつけこれに放火すれば、火は軒を伝つて塩川方家族の現住する木造店舖兼住宅に延焼するに至ることがあるかも知れないと思いながら、前記ライターを使用して右ビニール製覆布に点火し、もつて、右建物に放火したが、自然に消火したため、同覆布の一部を焼いたにとどまり、右建物を焼燬するに至らず

第一一、同日午前〇時三五分頃同市同町三六一番地煙草小売商内山幸治郎方店舖前において、右店舖軒下にかかるようにして立てかけてあつた巾八〇糎、長さ二米位の木綿製広告用幟(前同押号の一三はその旗竿)を認め、これに放火すれば、火は軒を伝つて内山方家族の現住する木造店舖兼住宅に延焼するに至ることがあるかも知れないと思いながら、前記ライターを使用して右幟に点火し、もつて右建物に放火したが、自然に消火したため、同幟を焼いたにとどまり、右建物を焼燬するに至らず、

第一二、同日午前一時一五分頃同市殼町五二九番地薬局坂田良次方店舖前にさしかかるや、同店舖軒下につり下げてあつた長さ約三九糎幅約三・六米のゴム製広告用のれん(前同押号の一四)を認め、これに放火すれば、火は軒を伝つて坂田方家族が現住する木造店舖兼住宅に延焼するに至ることがあるかも知れないと思いながら、前記ライターを使用して右のれんに点火し、もつて右建物に放火したが、自然に消火したため、同のれんの一部を焼燬するに至らなかつたものである。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)

被告人の判示第一、第二及び第四から第一二までの各所為は刑法第一一二条第一〇八条、同第三の所為は同法第一一〇条第一項に該当するので前者につきその所定刑中各有期懲役を選択し判示第三を除く他の所為につき同法第四三条本文第六八条第三号により未遂減軽をなし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文第一〇条により重い判示第三の放火罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役四年に処し、押収のライター一個(長野地方裁判所押第二二号の一八)は被告人が本件各犯行の用に供した物で犯人以外の者に属しないから同法第一九条第一項第二号第二項本文によりこれを没収し、原審及び当審の訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書に従つて被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する

(尾後貫 堀真 鈴木)

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